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左翼教師免職と朝鮮日報

女性教諭に『公務員不適格』処分

都教委

 社会科授業で配った資料の中で、東京都議を「歴史偽造主義者」と実名でひぼうしたなどとして、都教委から戒告処分を受けた千代田区立中学の女性教諭(56)が、研修中も反省がみられなかったとして、三月末に分限免職になっていたことが三日、分かった。

 分限免職は「公務員には不適格」と判断された場合の処分で、教員免許が失効する懲戒免職とは異なる。都教委が昨年度に分限免職としたのは教諭一人。

 教諭は「都議をひぼうしたのではなく、誤った歴史観を批判しただけ。研修の不当性を訴えた裁判が継続中なのに分限免職とする都教委のやり方は問題だ」と主張、処分を不服として都人事委員会に審査請求する。

 教諭は昨年、三年生の公民の授業で、自分が韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領にあてた手紙を資料として配布。手紙の中で、日本の侵略戦争を否定する発言をした自民党都議の実名を挙げ「国際的には恥をさらすことでしかない歴史認識を、得々として喜々として披露している」と指摘。また「新しい歴史教科書をつくる会」主導の扶桑社版の教科書について、「歴史偽造で有名な」などと書いた。

 これについて、都教委は同年八月末、「不適切な文言を記載した資料を作成、使用した」などとして教諭を戒告処分とし、九月一日から十六日と、同二十日から今年三月末までの二回、研修を命じていた。

 分限免職の処分説明書によると、教諭は過去に二回、「プリントで生徒の保護者をひぼうした」などとして懲戒処分を受けた。さらに今回の研修中に抗議文を読むなどしたことが「公務員としての自覚や責任感が著しく欠如し、その職に必要な適格性に欠く」としている。

 この度、「ネット右翼」の間ではとても有名な反日左翼教師がとうとう?東京都の公立学校の教職の座から引きずり降ろされました。まずは目出度い事と言わねばなりますまいて。(なぜか、この報道はネットでは東京新聞しかしてないんですよね。産経は紙面では書いたんですけどね・・・)
 この反日左翼教師の名は増田都子。今から8年も前に足立区の中学校であろう事か、自分の主義主張の為に生徒を登校拒否、自殺一歩手前まで追い込んでおきながら反省もせずに都民の税金を浪費させた活動家です。(足立十六中事件に関してはこのHPを参照して下さい)

 そんな活動家ですので、今以て反省などしてはいません。今回の免職も辞令を受け取ろうともせず、郵送される始末。そんな自分勝手な人間が次の社会を作る学校の教師なんてあまりにブラックジョークが行き過ぎていた訳ですが、8年経ってようやく公務員の世界では罷免が出来た訳で。常識的にはあまりに保護され過ぎていると感じられる事から教師免許に対して「更新」制度を設けようという動きが出てきております。こういうサヨ教師だけでなく、人格的、体力的、精神的に不適格な教師を合法的に排除する制度が必要とされているという事です。確かに、出勤しても車に閉じこもって出て来ない教師や生徒とのふれ合いを拒む教師など人間的に「こいつ大丈夫か?」という教師も本人が「教師でいたい」と言えば罷免も出来ない。それが今の公立学校です。せいぜい担任を外して研修施設送りにするのが関の山。これでは「税金泥棒」と言われても返す言葉が無いでしょう。早い所免許更新制度が確立される事を望みたい。同時に生徒側から「この教師は外してくれ」という拒否権利も正当な理由があれば受け入れるという制度を導入して欲しいものです。正直、こういうサヨ教師の強烈な電波に自分の子供が晒されたら、と考えると同調してくれる方は多いのではないでしょうか?

 さて、今回の免職はなんと海を越えて朝鮮日報が伝えています。

日本の侵略戦争を批判した中学校教諭が免職 

 授業で日本による侵略戦争を批判し、昨年警告の処分を受けた日本・東京のある中学校の女性教諭(56)が免職の処分を受けた。

 日本の東京新聞は4日付で、東京都教育委員会が、昨年公民の授業で、日本による侵略戦争を批判する授業補助資料を使い、侵略戦争を否定した東京都議会の自民党議員の実名を名指しし、「歴史偽造主義者」と批判した資料を生徒に配って、戒告処分を受けた教諭について先月末、反省が見られなかったとして、「分限免職」としたと報じた。「分限免職」とは、「公務員には不適格」と判断され免職する懲戒処分だが、教師免許は保てる。

 この教諭は「表現の自由」をテーマで作成し、配布したこの資料に、韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領にあて自ら書いた手紙をコピーして添付した。この手紙には、「都議会が日本の侵略戦争を認めていない」「(昨年、歴史歪曲問題を引き起こした)扶桑社版の教科書は、歴史偽造で有名だ」などの内容が盛り込まれている。この教諭は、「都議をひぼうしたのではなく、誤った歴史観を批判しただけ」とし、処分を不服として都人事委員会に審査請求する予定だ。

東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員

 

 はい、これだけではいつものウリナラ主張だけで「日帝=侵略」の図式でサヨ教師を擁護している訳ですけれど・・・・この特派員はサヨ教師が「日本駐留米軍の存在も認めない日本共産党シンパの左翼活動家」である事を分かって書いているんでしょうか?朝鮮日報は韓国の中でも右派に属する新聞だそうです。その朝鮮日報がこの有様ですから、ハンギョレ新聞なんかは一体どの程度の電波を飛ばすのか、想像も付きません。「敵の敵は味方」という言葉がありますが、もしそうだと思ってサヨ教師を擁護しているのなら、この特派員はとても浅はかな感覚しか持っていないという事ですね。朝鮮日報ですら、ですか・・・・・_| ̄|○

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コメント

追記:実はこのサヨ教師、共産党や教員組合(含顧問弁護士)からも絶縁されていたそうです(爆)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~nomaki/adachi_index.htm
味方からも銃弾受ける身とはねぇ・・・・四面楚歌とはまさにこの事ですね(w

投稿: みほり | 2006/04/05 22:42

絶縁状を叩き付けられるとは・・・
すごい教員がいるんですね┐('~`;)┌
こんな奴に教わる子供はまさに不幸そのものですし、そもそも国の将来を良くない方向に導いてしまいます。

数年前になりますが、石原都知事が初登庁するときにマスコミが都職員にインタビューしていたのですが、そのときにインタビューされた職員の女が、「1日も早く辞めてもらいたいです」と答えたシーンを思い出しました。
まったく何とかならないものでしょうか?

自分の国を愛せないなんて・・・・・


話は変わりますが、民主党のゴタゴタは呆れるというか笑えますね。
まさに寄せ集めの弊害です。
とてもじゃないですが、現状では国政を任せられる政党ではありません。

投稿: なか | 2006/04/05 23:46

この教師のアフォな所は自分の主義主張がどうこう以前に「公務員としてしなければいけない事、やってはいけない事」の区別がついていないただの我が儘オバサンだった、って事に未だに気が付いていない所。いわゆる「自分に酔ってる」んですね。自虐史観の人に良く見られる現象ですね。酔う前に資料を当たって「事実は何か」を調べてからにして欲しいものです。(どこぞの新聞は「被害を申し出ている人がウソをついている訳がない」などとバカげた事を言っていましたがね)
日本人にはもっと実証主義を薦めるべきだと痛感してます。

投稿: みほり | 2006/04/06 13:27

ねこには二人の良い先生と悪い先生がいました。
良い先生は怒るとT字定規で縦で頭をぶつけど男尊女卑を謳い戦争に負けると言うことは誇りを奪われる事、誇りを売り払った奴は負けてもヘラヘラしていると歴史の授業で言っていた社会科の先生。
悪い先生は担任。給食の盛りが少ないと給仕の生徒を怒鳴る。クラス別学力テストでは体面を重んじ生徒に放課後強化自習を命じて部活動にも行かせなかった。7クラスある学年で上位に入れないと補習としてテスト後も放課後に強化自習があった。
いつしか2学期から学校に来ない生徒が何人かいた。ねこは大人しい生徒だったと自分ながら思う程だったので自分にそれ以上の災難が降りかからなかったらどうこうしたいと思わなかった。
しかし、ある日ねこにも災難が降り注いできた。オヤジが借金まみれになった。祖父が支援したが、付け焼き刃。祖父とオヤジの仲は険悪化し、家庭内が割れた。ねこは受験時期にさしかかろうとしていた。平凡ながら塾で受験対策に何気なく通っていた時期。親族が家の不和を感じてねこをわざわざ塾に近い親族の家に学校から帰ると立ち寄らせ、塾に行かせ、塾から帰って夕飯を食べて祖父とオヤジが寝た頃に帰らせる事で家の異変をねこに感じさせない様にしていた。
でも、ねこは知ってしまいました。自棄になったオヤジが塾に来て塾長にねこを塾なんかで受験勉強させなくても良いと言ったのを知ってしまった。そこで何気なくねこも気が付いてしまった。
ねこは学校を休みがちになった。それは学校が嫌いだからと言うより、今思えば家にねこがいればオヤジと祖父が口論しにくいだろうと考えたからかもしれない。事実、ねこの前ではオヤジも祖父も口論しなかった。
何日か学校を休んだ後、ねこが学校に行くと担任が生徒指導室に呼び出した。学校を休んだ理由を聞かれたが言えなかった。言うまいと思ったが何故か思い出せないけど言ってしまった。聞いた担任は「貴方の家族は最低だ」と言い放ったのを忘れない。そしてそうまでして学校を休むならもう学校に来ないと念書を書けと迫ったのを覚えている。書かされた。その後その念書はどうなったか知らない。しかしねこは書いた以上その誓いを破っていない。あの歳から一回り生きたがその学校には近寄りさえもしない。学校に来ないと書かされた。強制だったがそれは誓いである。誓いは破る物ではない。それを反故にする何かが無い限り。あの担任が反故にするだけの代償を持って現れない限り。
あの時、担任に何を言われてもどう考えたか忘れたけど、家に帰ってから泣いた記憶がある。あれ以降も何度か挫折や苦難、感動から泣いた記憶があるがあれほど泣いたのは他にあったか。あれからしばらくは人としての涙を流す事など無かったかも知れない。あるとすれば特攻隊の資料館を見に行ったここ数年の事かも知れない。やっと人並みに戻りつつあるような気がする。
けれど、ねこは待っているのかも知れない。今でのあの強制と家族への侮蔑の言葉は忘れてない。誓いとして書いた念書を反故にするだけの代償を持って担任が現れるのを。
はっきり言えば教師という物、学校という物に今でも強い拒否感を持つ。そこに反日・日教組と言う要素が加味されたからかもしれない。長い年月がそうさせたのかも知れない。教師が不審なのだ。
ねこは教師が教える事を信じない。信じていない。故に自分の体験、自分の見た事、自分の聞いた事が全て。それらとそれらに対面した挫折が教師。生身の自我を持った教師をねこは持たない。信じない。それらは一遍の意志と価値観で物を計り教える。そんな一遍の価値観で塗り固められた幾百の人間が揃う事が薄ら寒く感じる。
ねこは教師が嫌いだ。熱意のある教師がこれを聞いたら卒倒しかねない。反日思想云々以前にねこを縛っている物が教師にある。もう十何年もその気持ちを抱いてきている以上そう簡単に覆せる物でもないだろう・・・

投稿: にゃんこ | 2006/04/07 21:43

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